ユエヌアのブログ

陰謀論、都市伝説、映画。

ウラジミールプーチン

の大統領にして柔道黒帯保持者マルチリンガルのウラジミールプーチン、高支持率強気な外交で知られている彼の経歴を纏めて行きたいと思います。


少年時代

プーチンは一人っ子として育つ、二人の兄は亡くなっていた為。
そして、記憶力は抜群で頭の回転も速かった。そして同時に悪童でもあったとも後に自ら語っている。


KGB時代


プーチンは映画や小説からスパイに憧れを抱き、ソ連国家保安委員会(KGB)への就職を考えるようになり、彼はKGB支部を訪問し、応対した職員にどうすればKGBに就職できるのか質問した。プーチン少年は以後そのアドバイスを忠実に守り、柔道に打ち込み、レニングラード大学では法学部を選択し、在学中も自分からはKGBに接触しなかった。
大学4年生のときにKGBからのリクルートを受け、プーチンは1975年に同大学を卒業後[※ 3]、KGBへ就職する[※ 4]。KGB職員であるためには
ソビエト連邦共産党への入党が条件だったため、プーチンは共産党員になっている
KGBとは諜報機関,アメリカのCIAの様な機関である。



注釈:下の写真はアメリカ国民に紛してレーガン大統領に接近するプーチン


大統領時代

1期目 2000年~2004年

プーチンは2000年の大統領選挙で過半数の得票を受け決選投票なしで当選、


正式に大統領となったプーチンは「強いロシア」の再建を目標とし中央集権化を推進しロシア全土85の地域を7つに分けた連邦管区を設置し、各地域の知事を大統領全権代表に監督させた。ほかには知事の上院議員兼務禁止など「垂直統治機構」と呼ばれるシステムを確立。


2期目(2004年~2008年)


2004年の大統領選挙に70%以上の圧倒的な得票率で再選

同年9月にベスラン学校占拠事件が発生したことから、ロシアの国家統一の必要性を理由として、地方の知事を直接選挙から大統領による任命制に改め、より一層の中央集権化を進め、大統領権限を強化した。ロシア政府は2005年に国際通貨基金(IMF)からの債務、2006年にパリクラブからの債務を完済し、ロシア経済は安定して国際的な信用を取り戻した。


中央集権化を推進するプーチンの姿勢は権威主義的であると言われ、「ツァーリ」と呼ばれることもある。


アンチ・イルミナティ戦略

プーチンの出自もイルミナティ側であり、今日の権力を得るまでには、そのメンバーであることを巧みに利用してきたようだ。この男が、ソ連時代にKGBの実力者として頭角を現してきた。
ソ連崩壊後の*エリツィン政権時代、ロシアでは資本主義の名のもとに「オリガーキー」と呼ばれる【ロスチャイルド家】(欧州のユダヤ系大資本)の息がかかった特権的新興財閥がいくつも勃興し、国家と国民を脅かすほどまでに力をつけてきた。プーチン政権は、その初期の段階において、まずこれらオリガーキーを国内から締め出し、ロンドンなどへと追いやることに成功した。また、プーチンは決してイルミナティの中核にある悪魔崇拝組織への“入会の儀式”は行なっていないという。そして大統領就任後は、“アンチ・イルミナティ”へと国内政治の舵を大きく切ることになった。



プーチン「私欲で工場閉鎖するのはやめろ」と工場オーナーに強権発動



プーチン首相 ペンを放り出してオレグ・デリパスカ(ユダヤ系ロシア人)を恫喝

まとめ

キーパーソンであり、イルミナティに盾突く人物であり其れ以外にも魅力があるのでとりあげることにしました。


全てはつながっているのです!!
*エリツィン政権:プーチンの政敵




【BBC】 プーチン氏はなぜそんなに人気か もはやブランド